10月4日、当事者団体が緊急オンラインシンポ
売春防止法の見直しをめぐり、セックスワーカーの当事者・支援者でつくる団体SWASHが2026年10月4日、緊急オンラインシンポジウム「STOP買春処罰!法務省『売買春に係る規制の在り方検討会』報告書を読む」を開いた。弁護士JPニュース(2026年10月8日配信、中山美里記者)が詳しく報じている。
同記事によると、参加申し込みは442人に上った。司会を務めた歴史学者の河原梓水氏が自身のnoteで公開した趣旨説明(10月5日公開)によれば、登壇したのは合法の風俗店、いわゆる新地系、ウリ専、ニューハーフヘルス、ストリップ、同人AVなど、幅広い業態の現役・元セックスワーカーだった。
シンポのスローガンは「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」。河原氏の趣旨説明は、法務省の報告書をめぐる議論でセックスワーカー当事者が政策立案の主体として位置づけられていないと指摘し、本シンポを「当事者自身が法改正のビジョンを構想する場」として企画したと説明している。
前提:法務省報告書は何を決めたか
シンポが取り上げた法務省の有識者会議「売買春に係る規制の在り方検討会」は、2026年9月17日に報告書を決定した(当サイト9月18日付記事で既報)。要点は次のとおり。
| 論点 | 報告書の方向性 |
|---|---|
| 買う側の勧誘・うろつき・SNS勧誘など | 新たに処罰対象とする |
| 現行の罰則(6月以下の拘禁刑または2万円以下の罰金) | 抑止の観点から不十分として上限引き上げ |
| 売る側の勧誘等罪 | 存置 |
| 売春行為そのものの処罰化 | 支援からの遠ざけ・地下化の懸念から慎重な検討が必要 |
法務省は報告書を踏まえ、秋の臨時国会への改正案提出を視野に検討を進めている。
登壇者が指摘した論点
弁護士JPニュースが伝えた登壇者の発言を論点ごとに整理すると、以下のようになる。
1. 「被害者か、主体的なワーカーか」の二項対立
河原氏は、今回の議論がセックスワーカーをめぐる「ふたつの立場」を浮き彫りにしたと述べた。セックスワークを労働と認め、ワーカーを「報酬を得る労働の主体」とみなす立場と、性産業を女性への暴力・搾取とみなし廃絶を目指す立場である。そのうえで、世間では「哀れな被害者」と「主体的で幸せなワーカー」の二項対立で語られがちだが、「実態は複雑で、重なり合っていて、一人の中も揺れ動くもの」だと語った。
2. 安全に働き、安全に辞められる環境
SWASH代表のげいまきまき氏は、メディアで扱われがちな「若くて孤立した社会的弱者」だけがセックスワーカーではないと指摘。「健康で安全に仕事ができ、健康で安全に辞められる環境が何より重要」だと訴えた。
3. 検討会に当事者委員がいない
登壇者の山田氏は、報告書が依然として「社会風紀」の維持にこだわっている印象を受けると述べた。さらに、検討会に当事者委員がおらず、セックスワーカーが直面する問題が制度設計に組み込まれないこと自体が「構造的な問題」だと批判した。
4. 買春処罰で「支援から孤立」
社会福祉士の武子愛氏は、アウトリーチ活動で声をかける相手は、そもそも公的支援の必要性を感じていない人や、警察・行政を恐れている人たちだと説明した。北欧モデル(買う側のみを処罰する方式)を導入した国で支援サービスへのアクセスが激減したと報告されていることに触れ、日本でも同じことが起きるのではないかと危惧を示した。
5. スティグマ
当事者からは、前職では本名で働いていたのに風俗の仕事では本名を使うのが恐ろしく感じること、実名で活動すると決めても公的な場で写真の提出を求められると恐怖を感じたことなど、社会的なスティグマに関する体験が語られた。
同日同時刻には「ストップ性売買!」も
弁護士JPニュースによれば、同じ10月4日の同時刻には、ウィメンズアクションネットワーク(WAN)が主催する「ストップ性売買!法務省『売買春に係る規制の在り方検討会』報告書を読む」も開かれた。社会学者の上野千鶴子氏ら有識者が参加し、性売買や性暴力の被害者の支援・根絶に関わってきた法学者、弁護士、社会学者、支援団体、活動家らの立場から報告書の問題点を検討する内容だったという。
同じ報告書を題材に、「買春処罰に反対する」側と「性売買をなくす」側がそれぞれ同時刻にイベントを開いたことになる。報告書への評価は、いずれの側からも「不十分」あるいは「問題あり」とされているが、その理由は正反対である。
- 当事者団体側:買う側の処罰は当事者を地下化させ、支援から遠ざける。当事者抜きの立案に反対
- 廃絶を目指す側:性売買は暴力・搾取であり、報告書は根絶に向けた踏み込みが足りないという問題意識(報道された開催趣旨による)
背景:「当事者は誰か」という問い
売春防止法の見直しは、制定から70年となる2026年に本格化した。検討会の議論の軸は一貫して「買う側に罰則がない不均衡の是正」であり、報告書もその方向でまとまった。報告書の内容は、北海道新聞や高知新聞など地方紙の社説でも相次いで取り上げられた。
一方で、今回のシンポが突きつけたのは、誰を「当事者」とみなし、誰の声を立法に反映させるのかという問いである。性売買をめぐっては、被害からの救済を重視する支援者・研究者と、労働としての安全や権利を重視する現役・元ワーカーとの間で、同じ「女性を守る」という目的を掲げながら処方箋が正反対になる構図が長く続いてきた。同日同時刻に二つのイベントが並んだことは、その分断を象徴している。
当サイトでは9月5日付で、当事者団体が院内集会で「買う側」処罰と同時に「売る側」の非処罰化を求めたことを報じた。今回のシンポでは、買う側処罰そのものが当事者を支援から遠ざけるという、より踏み込んだ懸念が示された。報告書自体も、売春行為の処罰化を見送る理由として「支援につながれなくなる懸念」「地下化の懸念」を挙げている。こうした懸念が、買う側の勧誘処罰にもあてはまるのかどうかは、今後の立案過程で問われることになりそうだ。
今後の焦点は次の3点である。
- 臨時国会に提出される改正案で、買う側の処罰対象行為がどこまで具体的に定義されるか
- 罰則強化と並行して求められている支援・福祉体制の整備が、どのような形で示されるか
- 立案や国会審議の過程で、当事者の意見を聴く機会が設けられるか
本記事は弁護士JPニュース(2026年10月8日配信)の報道、およびシンポジウム司会者・河原梓水氏のnote「10.4シンポ・趣旨説明」(2026年10月5日公開)をもとに構成しています。法務省報告書の内容は、共同通信・産経新聞・日本経済新聞・毎日新聞等の報道(2026年9月17日)に基づきます。