現役ホストが「ツケ払い禁止」を求める
関西テレビは2026年8月16日、大阪・ミナミで現役のホストらが、ホストクラブの「ツケ払い」――業界で「売掛金(売掛)」と呼ばれる後払いの仕組み――を禁止するよう求める署名活動を始めたと報じた。
同報道によると、活動の中心にいるのはホストクラブ「YGGDRASILL -OSAKA-」大阪支店COOの天音真樹氏。天音氏は「何か嫌な思いをするお客様だったりとかホストが少しでも減ればなと」と語っている。署名は街頭のほかオンラインでも集め、大阪市議会に提出する予定だという。
売掛金は、客が飲食代をその場で払わず、後日支払う約束にする仕組みである。ホストクラブでは、担当ホストが客の未払い分を店に立て替える慣行が広く残っており、回収できなければホスト個人の借金になる。この「取り立てなければ自分が負担する」という構造が、ホスト側から客への圧力を生む原点だと繰り返し指摘されてきた。
規制を求める声が消費者団体や弁護士ではなく、現に売掛の運用に関わる立場から上がった点が、この署名活動の特徴である。なお、同店の求人情報では、グループ・店舗として売掛を全面的に禁止している旨が明記されている。
歌舞伎町は「原則廃止」、大阪には条例がない
東京・新宿の歌舞伎町では、2024年4月に主要ホストクラブが売掛金を廃止する自主ルールを申し合わせている。東京新聞の報道では、支援団体側が「これにより売掛を巡る相談は減った」としつつ、代わりに入店前に多額を預けさせる「前入金」の手法が登場し、同じように高額の債務を負う例が増えたと指摘されている。売掛という名称をやめても、支払能力を超える請求そのものが消えたわけではないという構図である。
これに対し、大阪・ミナミには売掛金を規制する条例がない。大阪市には客引き行為等の適正化に関する条例があるが、これは路上の客引きを対象とするもので、店内の支払方法までは踏み込んでいない。関西テレビは、こうした規制の空白が今回の署名活動の背景にあると伝えている。
歌舞伎町の売掛廃止後、東京の店舗ごとミナミへ進出する動きがあると同局は2024年時点でも報じており、規制が地域ごとにばらつくと、営業の実態が緩い地域へ移動するだけになるという懸念は以前から存在していた。
改正風営法の初適用は「罰金20万円」
売掛金の不当な取り立ては、すでに刑事罰の対象である。2025年6月28日に施行された改正風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)は、客への売掛金の不当な取り立てや、客に売春・性風俗店での勤務を求める行為を禁じ、恋愛感情に乗じた高額請求(いわゆる色恋営業)も規制した。違反には6か月以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が定められている。一部の規定は同年11月28日に施行された。
その適用例として、岡山県で次の経過が報じられている。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2025年9月13日午後 | 岡山市内の店の客である20代女性に対し、売掛金十数万円の回収を目的にSNSで「親にでも借りて払えば?」「家までとりにいこか⁉」などとメッセージを送ったとされる行為 |
| 2026年6月10日 | 岡山中央署が風営法違反の疑いで同市北区のホストクラブ従業員の男(28)を逮捕。改正風営法の適用は岡山県内で初。男は容疑を認めた |
| その後 | 男は風営法違反罪で略式起訴され、岡山簡裁が罰金20万円の略式命令 |
| 2026年8月17日 | 山陽新聞が、県警への売掛金を巡る相談は後を絶たず、県警が「引き続き厳正に対処する」としていると報道 |
事案の規模は「十数万円」であり、処分も略式命令による罰金20万円で確定している。悪質ホストクラブ問題として報じられてきた数百万円規模の売掛とは水準が異なる一方で、金額の大小にかかわらずSNS上の取り立て文言が刑事罰の対象になり得ることを示した事案でもある。
「相談は後を絶たない」という現状
注目すべきは、初摘発から2か月を経ても相談が続いているという県警の説明である。改正法の施行から1年以上が経過し、初適用の事案が罰金で終結した後も、売掛金を巡る相談自体は減っていない。
警察庁は悪質ホストクラブ対策のページで、警察相談専用電話「#9110」、女性相談支援センター「#8778」、消費者ホットライン「188」、法テラス、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター「#8891」といった窓口を案内している。相談窓口の整備は進んだが、そこに寄せられる件数が減るところまでは至っていない、というのが1年後の状況である。
売掛金問題の被害構造は、次の順で連鎖する点が以前から指摘されてきた。
- 恋愛感情や指名順位を軸にした営業で、客が支払能力を超える飲食をする
- 支払えない分が売掛となり、担当ホストが立て替える
- 回収のため、ホストが客に取り立てや高収入の仕事の紹介を持ちかける
- 客が性風俗店や街頭での売春に流れる
歌舞伎町・大久保公園周辺の「立ちんぼ」摘発では、客待ちで逮捕された女性の動機としてホストクラブやコンセプトカフェへの支払いが上位を占めると報じられており、この連鎖は摘発現場のデータにも表れている。改正風営法が売掛金の取り立てとスカウトバックの双方を禁じたのは、この入口と出口を同時にふさぐ狙いだった。
背景
今回の署名活動は、規制の主体をどこに置くかという論点を含んでいる。売掛金への対処は、これまで大きく三つの経路で進められてきた。刑事罰(改正風営法)、地域の自主ルール(歌舞伎町の売掛廃止)、そして条例である。刑事罰は事後的で、立証には威迫の内容など具体的な行為が必要になる。自主ルールは迅速に効く一方で拘束力がなく、歌舞伎町では「前入金」への置き換えが起きた。条例による規制は地域単位にとどまり、大阪・ミナミにはそれがない。
現役ホストが市議会への署名提出という形を選んだのは、自主ルールの限界を業界内部が認識していることの表れとも読める。他店が売掛を続ける限り、売掛を禁じた店は競争上不利になる。全店に一律の禁止をかけるには、業界の申し合わせではなく公的なルールが必要だという判断である。
一方で、売掛の禁止だけで問題が解決するわけではないことも、歌舞伎町の経験が示している。前入金であれ売掛であれ、客に支払能力を超える金額を使わせる営業手法が残る限り、資金の調達先として性風俗や売春が選ばれる構造は変わらない。1年前に施行された改正風営法が色恋営業そのものを禁止対象に含めたのは、支払方法ではなく営業手法に手を伸ばそうとしたためである。
大阪市議会が署名をどう扱うか、また条例化の議論に進むかは現時点で未定である。ただ、規制を求める声が客側と支援団体だけでなくホスト側からも上がったことは、この問題が業界の存立条件に関わる段階に入ったことを示している。
本記事は関西テレビ(2026年8月16日)、山陽新聞デジタル(2026年6月10日・8月17日ほか)、RSK山陽放送、KSB瀬戸内海放送、東京新聞の各報道、および警察庁「悪質ホストクラブ対策について」などの公開情報をもとに構成しています。岡山県の事案の内容は捜査機関の発表に基づく容疑事実および裁判所の略式命令に関する報道であり、個別の評価は司法判断によります。大阪市議会での取り扱いは本記事執筆時点で未定です。