事件の経緯
愛知県警保安課と中村署は2026年7月6日、自身が手掛けたアダルトビデオ(AV)に出演した女性に対し、法律で交付が義務づけられている契約書などの書面を渡さなかったとして、名古屋市中区栄の会社員の男(38)をAV出演被害防止・救済法(いわゆるAV新法)違反の疑いで逮捕した。中日新聞、東海テレビ、中京テレビなどが報じた。
報道によると、男は昨年(2025年)6月から9月ごろにかけて、名古屋市中村区のマンションの一室でAVを撮影した際、出演した当時19〜24歳の女性3人に対し、法律で定められた出演契約書や説明書面を交付しなかった疑いが持たれている。男は自らAVを制作し、動画サイトに投稿していたとされる。調べに対し「間違いありません」と容疑を認めているという。
「面倒だと思うようになった」との供述
各社の報道を総合すると、事件の輪郭は次のように伝えられている。
- 男は撮影のたびに必要となる契約書などの書面交付を行っていなかった
- 供述では「女性から書類は要らないと言われることが多く、面倒くさいと思うようになった」という趣旨の説明をしているとされる
- 出演女性への支払いは1回あたり1万〜3万円ほどで、これらの動画による売り上げは約3000万円にのぼるとの報道もある
- 女性とはマッチングアプリなどを通じて知り合っていたとみられる
これらのうち、供述の詳細や金額に関する部分は一部の報道によるもので、媒体によって扱いに差がある。捜査は継続中で、警察は余罪の有無についても調べているとされる。逮捕は容疑の段階であり、起訴・有罪が確定したものではない。
AV新法が定める「書面交付義務」とは
今回の摘発で焦点となっているのは、2022年6月に施行されたAV出演被害防止・救済法が制作者側に課す「書面交付義務」である。
この法律は、出演者が意に反してAVに出演させられたり、契約内容を十分に理解しないまま撮影・公開が進んだりする被害を防ぐことを目的に制定された。制作者に対しては、主に次のような手続きを義務づけている。
- 撮影前に、契約内容を記した書面(契約書・説明書面)を出演者に交付すること
- 契約から撮影開始まで一定の期間(原則1か月)を空けること
- 撮影終了から公開まで一定の期間(原則4か月)を空けること
- 公開後、一定期間内であれば出演者は無条件で契約を解除できること
これらの手続きは、出演者が冷静に判断し、途中で撮影や公開を止める余地を確保するための「時間」と「情報」を担保する仕組みである。書面の交付は、そのすべての起点にあたる。今回の事案は、この起点部分である書面交付を怠ったとされる点で、法の根幹に関わる違反類型といえる。
「個人撮影」の広がりと法規制のはざま
今回の事案が象徴するのは、SNSやマッチングアプリを通じて個人が女性を募り、自ら撮影・編集して動画サイトで販売・配信する、いわゆる「個人撮影」「個人制作」の広がりである。
AV新法は当初、大手メーカーやプロダクションを主な想定対象として設計された面がある。しかし実際には、大手を介さずに個人が完結させる撮影・配信が急増しており、こうした領域では契約書面の交付をはじめとする法定手続きが徹底されにくいと指摘されてきた。制作者が「会社員」として別に本業を持ち、副業的にAVを制作・投稿していたとされる今回の構図は、その典型例といえる。
出演料が1回1万〜3万円程度とされる一方、動画の売り上げは数千万円規模に達したと報じられている点も、素人を安価に募る個人制作の収益構造を浮かび上がらせる。書面が交付されないまま撮影・公開が進めば、出演者はクーリングオフ(無条件解除)などの権利を行使する前提となる情報すら得られない。今回の摘発は、そうした「手続きの空白」に警察が踏み込んだ事例として位置づけられる。
背景――施行から3年、実効性が問われる段階へ
AV新法は施行から3年余りが経ち、制度の周知期間を過ぎて、いよいよ実効性が問われる段階に入っている。この間、書面交付義務違反での摘発は各地で報じられるようになったが、その多くは今回のように、大手メーカーではなく個人や小規模の制作者が対象となっている。
法律が守ろうとしているのは、契約内容を理解しないまま撮影に応じ、後に公開の取り消しもできずに苦しむ出演者である。書面交付という一見手続き的な義務は、その保護の入口を形づくる。「面倒だから省いた」とされる行為が刑事摘発の対象になったことは、この義務が単なる形式ではなく、被害防止の実質を担うものだという法の趣旨を、あらためて示している。
一方で、個人撮影の裾野は広く、警察が把握・立件できるのはその一部にとどまるのが実情とみられる。マッチングアプリで募った素人を撮影し、動画サイトで直接販売するという形態にどこまで法規制を行き渡らせられるかは、今後の摘発の積み重ねと、プラットフォーム側の対応にかかっている。今回の名古屋の事案は、AV新法の運用が「大手のルール整備」から「個人領域への浸透」へと移りつつあることを示す一例といえる。
本記事は中日新聞Web、東海テレビ、中京テレビ等の報道をもとに構成しています。固有の事実は各報道に基づくものであり、金額や供述など媒体によって扱いが異なる点は本文中で留保しています。逮捕は容疑の段階であり、有罪が確定したものではありません。